初めての投稿、少し不思議な体験の話をさせてください。
日本を離れ、アメリカで生きていく。 その決意を固めたとき、私の脳裏に鮮烈に蘇ったのは、中学生の頃に経験したある「デジャブ」のような光景でした。
それは、アメリカのミドルスクール2年生の夏。 ボランティアで訪れた、日系人専用老人ホームでの出来事です。
私が担当したのは、ある一人のご高齢の女性でした。 大きな窓から日差しがあふれ、カーテンがゆらゆらと揺れる部屋。 彼女はひたすら窓の外を眺め、会話ができる状態ではありませんでした。
すると突然、彼女がはっきりとした声で歌い始めたのです。
「うさぎ追いし かの山、小鮒(こぶな)釣りし かの川……」
私も知っている、日本の唱歌『故郷』でした。 彼女は壊れたレコードのように、何度も、何度も、その歌を繰り返します。
その遠くの空を見つめる瞳を見たとき、中学生だった私は衝撃を受けました。
「ああ、このおばあちゃんの心は今、アメリカにはない。遠い祖国の日本にいるんだ」
気がつくと、涙がこみあげてきていました。
あれから40年近く。 なぜあの光景が、これほどまで強烈に脳裏に焼き付いていたのか。 最近になって、その正体がようやくわかりました。 あれは、**「将来の自分の姿」**を見せられていたのではないか、と。
戦前・戦後の混乱期に渡米した彼女に比べれば、今ははるかに自由な時代です。 それでも、異国の地で一生を終える選択の重みは、現実味を持って私にのしかかります。 「ボーダーレス」という言葉とは裏腹に、心の中に引ききれない境界線がある。
けれど、私はこう思うことにしました。
祖国への想いを抱えたまま、ここで生きていってもいいじゃないか。
日本を慈しみながら、同時に永住の地での生活を最高に充実させる。 それが、私の選んだ「自分らしさ」です。
もし、私の人生の最後、あのおばあちゃんのように懐かしい歌の中で生きる時間が訪れるとしたら。
私の頭に流れるのは、何の曲だろうか。 『故郷』もいいけれど……できれば、Earth, Wind & Fireだといいな。
それも、ノリノリで踊りながら。
これから、このブログではそんな私の「アメリカでの実生活」と、そこから生まれる等身大の思考を綴っていきたいと思います。
